運営者情報

 

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運営者の黒木サンタです。

※当サイトの「記事カテゴリー」は内容にかかわらず、「ティーチャーズ」のみとなっています。

 

さて、

以下、運営者の自己紹介です。

 

 

◆運営者

黒木サンタ

黒木サンタ(サンタクローキ)

Twitter:@buzzteachers

3児の父

 

 

◆出身

kobe

下関出身・関西育ち

 

 

◆さいごの学び

2008年 大学院修士課程を修了

 

 

◆取得

・中学、高校教員専修免許状、特別支援学校二種免許状

・日本語教師養成講座修了

・学校図書館司書教諭

・Photoshop検定2級、illustrator検定3級(現:クリエイター能力認定試験)など保有

 

 

◆特技・好み

・レモン風味のパクチーチャーハンを作ること

・魚料理 自分でおろすのも好き

・目的ある読書 だらだら読むのはきらい

・良運を好む 縁起がいいものを好む

・研究を重ねたインド風チャイ

インド風チャイの作り方
まずいチャイを”インド風の美味しいチャイ”にする方法

煮出す前のチャイの葉 「ん~、まさに、これぞチャイ。」   では、無かった。   ただの紅茶のストレートティー。   なんじゃこりゃ~。 mazui。   &n ...

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・ダイエットトレーニング(2か月で10キロ以上やせたことも)

効果的なダイエット法【2か月で11キロ減量できた】
ダイエットは【思考】でこうなる【2か月で11キロ減量できた】

Contents1 ダイエットを成功させる方法2 正解のルーティンを作って繰り返す3 効果的なダイエット法 3つの思考ポイント3.1 思考ポイント13.2 思考ポイント23.3 ダイエットで「仮説」を ...

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・書道

・自然

・旅

 

 

 

◆これまでの修行

これまでの修行について

【ブロガー教師 黒木サンタについて】

 

落ち着きのない修行者です。

これまで4回、転職しています。

 

子どもの頃は、山や畑を走り回りました。

 

大学では、日本語教育を専攻。

「日本語を外国人に教えることについて」勉強をしてました。

外国人、外国語、海外に興味がありました。

 

学生時代は、「単身海外 貧乏旅行」に出ました。

インドで誰にもたよらず 単独ホームステイしてみた結果
誰にもたよらずインドで単独ホームステイする方法とその結果【1990年代の話】

業者も通さずにインドでホームステイって。ちょっと怖くない?D作   サンタ相手がどんな人かわからんけんな。その見極めはいるんじゃけど。単独ホームステイは、「インドやからできる」ことでもあるか ...

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インドに始まり、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナム、中国、香港、フィリピン、オーストラリアと。

サンタの旅

サンタ 旅ルートの一部

行く先のわからない旅先で、人間や文化を感じることが好きでした。

 

ラオスのメコン川をスローボートで行く
【グーグルマップに無い】メコン川をスローボートで旅してみた【ラオス1990年代】

「悠久」という言葉がよく似合う。 メコン川。   茶色く濁った川には、 茶色い川の美しさがある。   メコン川に行ってみたい、と思って本も買った。 読んでいるだけで、わくわくする。 ...

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当時はまだ、「本」の情報しかない、「フィルムカメラ」しかない。

ギリそんな時代でした。

 

風が吹くように旅に出ました。

 

そんな大学では国語の教員免許と日本語教師を取得。

一目でわかる「教員免許」取得のメリットとデメリット
【ひと目でわかる】「教員免許」取得のメリットとデメリット

B美大学1回生 今年から大学に入学したんだけど。まだ教師になるかどうかわからないんすけど、「教員免許状」って取っといた方がいいんですか?   2回生の先輩 教職課程の単位を取るか、どうか迷っ ...

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そして、

大学4回生、初めて「教員採用試験」を受けました。

 

2000年度教採倍率

小学校 9.3倍

中学校 16.0倍

 

2000年頃の教採は、超高倍率でした。

今なら。

 

2019年度教採倍率

小学校 2.7倍

中学校 5.0倍

ですが。

 

負ける勝負からは

すぐに手を引くタイプ(;^_^A。

 

大学を卒業したものの就職にもつきませんでした。

(その時点で負けてるとか言いません。)

 

 

で、

おもちゃ屋さんとレストランでアルバイトする生活でした。

ギターを弾いたり、古本屋を巡ったりする生活。

このさき、読める時が無くなりそうが気がして、いろいろな本を読んでいました。

 

その頃、友人からスポーツカーを安く売ってもらったのは良かったが、維持費がかかる。

「これはお金が必要だ。」

 

 

そして就職。(1回目)

家電量販店の社員となった。

 

「せっかくなら、パソコンのことがもっと知りたい。」と思い、

OAコーナーの配属を希望し、担当する。

 

とにかく販売員も営業なので成績がある。

その成績が賞与につながる。

 

とはいえ、そんなにうまく売れない。。

入社から数カ月後、おそらく戦力外通告で他店へ転勤。

 

1店目は、新店の大型店舗だったが、

2店目は、下町の旧型店舗に配属。

OAコーナーの担当者も、自分含めて3人だけの小型店。

 

販売力があるでもない自分と集客力の低い店。

結果は、当然売れない。

 

が、そこである先輩社員と出会う。

(その店に行く前から、有名人だったので名前は知っていた)

その人は、100店ほどある店の中で、ベスト5に入るトップセールスの販売員だった。

 

自分の販売についてのやる気を問われ、気持ちを聞かれた。

「やります。」としか言えない聞き方。。

 

「やります。」と答えはしたものの、大学卒業したての若輩者。

できるかどうか自信もなかった。

 

 

 

しかし、その後自分の売り上げ成績が伸び始めた。

自分でも少しパソコンを売ろうとがんばったが、先輩が裏で、僕のために売ってくれていた。

驚いた。

 

そして、それまで、1日に10万か20万くらいの売り上げだった自分が

1日100万売れた。

 

それまでの自分になかったものは「自信」だと思う。

パソコンに関する「知識」がなかったので、「自信」が持てなかったんだろう。

 

売れると知識にもどん欲になる。

しばらくすると200万売れる日も出てきた。

 

そんな頃、自分に新店への応援要請がきた。

 

ということで、滋賀県まで行きました。

 

そこでは、1日に300~400万のセールスを記録した。

3日間で1000万以上売ると、ちょっとした「時の人」になる。

 

それまでの自分の頭では考えられない話だった。

人との出会いで自分の生き方が大きく変わることを学んだ。

 

先輩に自信を持たせてもらったおかげでした。

その後、会社から海外旅行なんかも頂きました。

 

成績は順風満帆で。

2年ほどで、トップ20に入る販売員になっていた。

自作PCも作れるようになっていた。

 

そしてその頃、先輩に「仕事を辞めます。」と告げたのでした。

 

 

「仕事を辞めます。」「あっそ。」

先輩からの最初の返事。

 

「あっそ。」

 

というのは、忘れられないなあ。

(その後、二人でラーメン食べながら語ったけど。)

 

いま、その先輩は、どこかの店の店長をしてるとか。

一緒に営業しているときは楽しかったし、感謝してもしきれない人でした。

 

仕事を辞めると言った理由

仕事を辞めると言った理由はグラフィックデザイン

他の人から見ると、辞める必要のない順調さだったと思う。

 

ぼくの特徴だと思うけど、

うまくいっているときに、そのことから撤退しちゃう傾向がある。

 

つまんないから。しんどいから。

と転職するよりも

 

振り返ってみると自分なりに

「成し遂げたから」が転職ラインのような感じがする。

 

 

辞めた理由は、「グラフィックデザイン」への興味だった。

 

Photoshopやillustratorを使うことが楽しかった。

 

当時、仕事しながら、

Photoshop検定(現:Photoshopクリエイター能力認定試験)や

illustrator検定(現:illustratorクリエイター能力認定試験)も取っていた。

 

デザインを学びたいなあ。

という思いが芽生えたからでした。

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そして転職(2回目の就職)

1年間、制作や印刷について勉強しました。

(でも、現場で覚える方が、早くて効率がいい)

 

デザイン関係の仕事は、未経験だと仕事が見つかりにくい。

だから、「作品」を作らなければならないのだ。

その「作品」作りに1年ほどかかった。

 

A3のポケットファイルに何十作品も入れて、デザイン事務所や広告代理店をまわる。

 

そして、ある「広告代理店」に採用が決まった。

 

 

デザイナーは未経験だと「買い手市場」

デザイナーとして就職

どんな業種でも同じかも知れない。

デザイン関係も、未経験だと採用する方が有利。

 

採用される人は、多少の妥協をしなければならない。

とは、思うけど。

 

ブラック会社。

気が滅入ります。

 

・出社したら、上司の机のそうじ、机拭き

・薄利多売の作品制作

・勝手に電話に出られない

・土曜半休

・終電近い退社

・言葉がひどすぎる

・急に逃げ出す社員も

 

1年で一気にスキルを身につけ転職しました。

今でも「入稿原稿」の作成・点検までできます。

 

辞めると言ってから。

本当になかなか辞めさせてもらえず、縛りがきつく、本気でしんどかったです。

 

 

デザイナー派遣へ転職(3回目)

広告代理店を辞めてからは、1カ月ほど、仕事に手がつきませんでした。。

 

人間は、上から押さえつけられるとこんなに主体的に動くことができないものか。

考える力が無くなるものか、と思いました。

 

でも、とりあえずできる仕事をやろうと思い「グラフィックデザイナーの派遣」に登録。

 

わりとスムーズに連絡が来ました。

 

その後、「フードチェーン店」の本社にて、販売促進部に派遣されることになりました。

 

代理店での業務と比べると天国でした。

(この派遣社員の時までは。)

 

販売促進部と言っても、自分がメイン担当者でした。

 

広告入稿、ポスター、ポップ、メニュー、Web広告入稿、新店オープン企画から割りばし袋のデザインまでこなしました。

 

しばらくすると、社員に登用されました。

 

社長と同行し、企画や提案をしました。

「社長という人の、お金への嗅覚ってすごいな。。」と感動しました。

 

 

ラーメン店を出店するのに、何軒ものラーメンを食べ歩いたことも。

「なに食ってもうまいって言うな。」と、社長に怒られることもありました。。

 

食べ物をごちそうしてもらってるのに、「まずい」と言うなんて。。

 

ぼくには、無理でした。

なんでも「おいしいです。」って言ってました。

 

飲食業をチェーン展開している会社だったので、

食事代はほとんどかからないのですが、賞与がありませんでした。

 

土曜、祝日も出勤で。

新店のオープン時には、店の現場で朝を迎えることもありました。

ヘビー。

社員になった途端、ブラックへと変身していたのでした。。

 

その頃、

パートナーとの出会いもあり。

フードチェーン店に入社してから、ちょうど1年ほどで辞めることにしました。

 

パートナーと出会って、無職になると言う。

斬新さ。

 

 

本格的に「教職の道」へ(4回目)

その時、パートナー(現:妻)が「資格を活かす仕事」について、ふと語ったこと。

大学時代に、将来なろうと関心を持っていた「教員」の仕事。

 

「結局一度もやってないなあ。」
サンタ

 

そんな考えが重なって「教師」になることに決めました。

20代も終わりにさしかかっていた頃です。

 

 

教採合格までの道のりを「最適化」する方法を考えていた

大学卒業時以来の教採。

合格できるかどうかは、半信半疑でした。

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「フードチェーン店」の仕事を辞めたものの、採用試験は1年に一回だけ。

 

一人暮らしをしていたので、仕事がなくなると困る。

とりあえず、「講師」になる道を選んだ。

 

「講師」の仕事は絶対あるわけではない。

現に、夏休み期間に一カ月間の無職だったこともあった。

 

無職は困る。

通勤できそうな範囲の自治体に、一気に講師登録をしました。

 

おかげで、講師として勤務中にも、何度か他の自治体から連絡があった。

それとほぼ同時に、大学院への進学を目指したのでした。

 

大学院へ行く目的は、

学業から遠ざかってしまった感覚を取り戻すため、と

もう一つは、気になっていた「専修免許状」を取るためでした。

 

ちなみに、

教員免許には、種類があります。

一種でも、二種でも教師にはなれます。

 

「じゃあ、一種類にまとめたらいいのに。」

わざわざランク分けして。。
サンタ

 

学位によって、免許状の種類が変わります。

だったら、一番上のグレードを持とう。

という考えでした。

 

院卒が、教採に合格しやすいかどうかは、はっきりとわかりませんでしたが。

「わざわざ分けるなら、意味があるんだろう。」と。

 

そうして、

昼間は講師として働きながら、

夜学で大学院へ進学する道を選びました。

 

この時の一番の心配は、講師の任用切れでした。

 

学費払えない~!、で除籍だけはやめて。
サンタ

願うばかりですね。

 

 

本にまみれた2年間

一番本を読んだ2年間

『久しぶりの学生生活を満喫。イエーイ』

ではありませんでしたわ。。

 

院生時代は、教授の指導も厳しく忙しかったです。

 

この期間、教採の勉強は、ほとんどしてません。

仕事と学生で忙しくて、はっきりいって、する暇がありませんでした。

 

教採に合格する前のこの2年間。

今までで、一番本を読みました。

 

「図書館の貸出カード」

何枚作っただろう。

 

市営、県営、府営図書館で作り。

大学図書館(作ってくれる所もある)でも作ってもらい。

 

毎日3~5冊を持ち歩いてました。

通勤電車が読書時間。

 

できるだけ、遠くの職場になれ、と思ったりもしました。

飛ばし読みして、自分に必要な文章に付箋を貼っていって、一気にコピーを取っていました。

 

図書館で1回に15冊貸してもらえるとして。

カードを2枚つかって、1度に30冊くらい借りてました。

めっちゃ荷物ですね。。

 

全部、ミニ自転車で運んでいました。

ぼくが「行動」について考えた一冊
ぼくが「行動」について考えた一冊【※ビジネス書ではないよ】

『アフォリズム』という言葉がある。 アフォリズムとは… 金言、格言。短いが、深い思考により、一般真理を端的な言葉で言い表したもの。   ぼくは、『アフォリズム』が好きです。   今 ...

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「修士課程を取ろう」 その目標は

○2年間で、必ず「修士論文」を書き上げること。

○単位はただ取るだけでなくて、考察を深め、全部「優」を取得する。

○専修免許を取得することと、特別支援学校教諭の免許単位だけ取っておく。

 

の3つでした。

 

今見ると、忙しくなるに決まってる。。

とシンプルに感じるような目標ですね。

 

3つ目の「特別支援学校教諭の免許単位だけ取っておく」理由については、また改めて記事に書きますね。

 

大学院での目標達成は完璧ではなかったけど、なんとか無事修了。

 

院を修了した年に、教採の勉強を必死こいてやりました。

 

教採の勉強も大変ですが、そのときは院の勉強の方が、文献を探し歩く分、大変だったと感じていました。

 

 

院修了の翌年、教員採用試験に無事合格。なんだかんだで、今までに教採は3回合格しています。

自分なり「教採合格を最適化する道」をときどきブログで公開してます。

 

現在グラフィックデザイン好きな、教員として、ゆっくり歩んでいます。

 

 

グラフィックデザインが好きな教師になりました

 

これまで、中学校・特別支援学校・児童自立支援施設等で勤務しました。

そして、特別支援コーディネーター、教科主任、生徒指導主事、教務主任等の校務分掌を歴任。

 

かつて、大学生向けに「教育実習事前講義」で指導したこともあります。

 

教師経験15年。

WordPressが好きな国語の先生になりました。

 

今でもグラフィックデザインしています。

 

PCマシンが自分の感覚を表現してくれるのが好きです。

(愛用マシンは、AppleからWinになりましたが。)

 

 

テンションが上がるデザインや、キレイな景色や画像、心に残る一言などに、そっと感動しながら。

「教育関係の記事、その他」をいろいろ執筆してます。

 

記事の内容は、すべて自分の「体験」をベースに書いています。

 

みなさんに少しでも役立つ材料になればいいなと思います。

もちろん、すべて完全無料公開です。

 

リンクもフリーですのでご自由にどうぞ。

ご質問や要望は、下記メールか問い合わせフォーム、TwitterDMからお願いします。

 

 

まだまだ修行中です。

どうぞよろしくお願いします。

 

 

◆これからの修行

20年ほどかけて、みんなと共に快適な良い空間づくりをしていきたいです

 

 

◆座右の銘

人間万事塞翁が馬(何が不幸で何が幸せかわかんないから)

人事を盡くし天命を待つ(やることやってあとは”さだめ”に任せよう)

 

 

◆メールアドレス

info[@]buzzteachers.com

[@]を@に変えて送信してください。

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